嗅覚は、記憶と結びつくという。
これは、私たちの脳において、嗅覚を司る領域と記憶を司る領域が近いことによるそうだ。
確かに、香りから、ある記憶や思い出が呼びさまされることがある。
そういえば。
かつての恋人から、久しぶりに連絡をもらった時に、彼はこんなことを言っていたっけ。
彼「今も、あの部屋に住んでいるの?」
私「そうよ」
彼「君の部屋は、どこにいたって良い香りがしたよね。特にバスルーム。今でも、思い出せるよ」
私「バスルームの香り?ボディソープの香りかしら」
彼「あの香りが懐かしくて、いろいろ探したんだよ。だけど、見つからなかった。あれは、君の部屋にしかないんだと気付いて、もう行けないことを改めて悔やんだよ(笑)」
彼の中で、私の記憶は、バスルームのボディソープの香りと結びついていたらしい。
私の表情でもしぐさでも言葉でもなく、ボディソープの香りが一番印象に残っていたとは・・・
意外だった。
ところで、彼が探したけど見つからなかった、というボディソープは、香りに惹かれてオーストラリアで買ったもの。
日本では売っていないものだから、国内でどれだけ探しても見つからなかったわけ。
香りでもうひとつ、思い出すのは、ラテンな国に住んでいた恋人のこと。
彼とは、遠距離(時差)恋愛だった。
それで、同じ時期に休みを取り、一緒にバカンスを楽しんだのだが
休暇の初日、彼は私にたくさんのプレゼントをくれた。
その中に、新しい香水の瓶があった。
「僕は、この香りが好きなんだ。僕といる時は、この香りを付けてほしい」
彼が私に贈ったのは、ディオールのヒプノティック・プワゾン。
実のところ、私は、その系統の香りが苦手だった。
「・・・どうかしら。私には似合わないと思うの」
「この香り、好きじゃないの?!」
「私のイメージとは違うでしょう?」
「この香りは、とてもセクシーだ。君も、とてもセクシーだ。だから、この香りが君に似合わないわけがないよ!」
彼は、押しの強いラテン系。
何があっても自分の意見は変えない人だったので、最終的に私が折れた。
「わかったわ。あなたと一緒にいる時は、この香りを付ける」
彼が主張する「僕といる時」というのは、「ベッドの上で一緒にいる時」という意味だとわかったからだ。
彼は彼で、シャワーの後には、いつもお気に入りの香水(ドルチェ&ガッバーナのライトブルー)を肌にまとっていた。
彼と抱き合い、お互いの肌が温まると、香水の香りは一層強くなった。
ライトブルーはインディゴに変わり、プワゾン(毒)はとろけそうな甘い砂糖菓子に変わった。
むせかえるような香りに包まれて、私と彼は、何度も熱い時間を過ごしたのだった。
でも。
私の中で、彼の記憶と結びついているのは、ライトブルーでもヒプノティック・プワゾンでもない。
どちらも、私の好みではない香りだったからか、私の記憶からは抹消されている。
恋人に贈るなら、自分が好きな香りではなく、恋人が好きな香りにするほうがいいかもしれない。
恋人の記憶に残りたいのならば。